1987年の日本グランプリはドラーバーズタイトルのチャンピオンが決まるかも知れない重要な一戦で、ウイリアムズチームの仲間であるネルソン・ピケとナイジェル・マンセルの走りに注目が集まっていました。 しかし、予選1回目の走行中に2位のマンセルがクラッシュで負傷日本グランプリの出場が絶望的になってしまい、決勝レースを待たずにピケの優勝が決まってしまいました。 奇しくもこのセットは日本で優勝が決まったピケのマシン(日本Pは15位)と、日本GPで2位になったセナのマシンという2台が含まれる事になりました。 ところで1987年と言えば日本はバブル景気の真っただ中、トミカも飛ぶように売れたかどうかは判りませんが、トミーは大きな赤字を計上した年でした。 そんな目で見ると、このセットのパッケージも2色刷りというちょっと寂しい仕様になっているのもコスト削減の一環なんですかね。
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